モノとものについて
漢字で物と書いてしまうと、それまでなのですが、なかなかやっかいな概念です。
Wikipediaによると、哲学用語としての物、これは時間的存在者のこと。
経済的には、物質の他に、サービスなども含む経済的価値のあることをさす。
法学的には、人に対することばで、権利などの客体となるものをいう。民法上では有体物というそうです。
などなどといろいろな意味があります。
哲学用語の意味は難しくてよくわからん、というところですが、重要なのはサービスなどの無形の対象をどう呼ぶか、それで経済と法学との違いになりそうです。
では、もの、と平仮名で表記をすると、つぎの問題は、者、も、もの、と呼ぶことです。(ええい、ややこしい)
故に、個人的な立場としては、物はモノと表記するのがよいのだろうと考えます。
なんでそんなことを考えたかというと、「官僚たちの夏」というドラマをやっているので、そういえば経済産業省の前身、通商産業省のデザイン行政がどうだったっけと調べようと。
Webでは、経産省のなかにものづくり産業振興という部門があり、その中にデザイン・人間生活システム政策という小項目があります。
そのWebのパン屑リンク(なんとか>なんとか>なんとか>全体とリンクとの関係を表記する方法です)
その表記が、ものづくり、と、モノづくり、とちょっと表記の揺れがあったので調べてみたということです。
それくらい、あんまり意識されていないということでもありましょうが。
「官僚たちの夏」、については、プロジェクトX官僚版、かなー、とおもいつつ。米国との戦い方としては、保護経済か自由経済かとおいたときに、結局のところ米国は研究開発から商品化へむかう道筋の上流工程において研究開発費として膨大な資金を投入していることもあり、実質保護主義的なんではないかなー、と思っています。ドラマではその辺りの描かれ方がどうなのか興味深くあります。
経産省とデザインについては、JAPANデザイン海外販路開拓支援事業の公募がかかってます。安心・安全に配慮したものづくり(おおよそこちらの呼称が公的なようです)に対する補助があるとのこと。
この公募の見本文書、現経産省大臣は親中でらしく、なんだかその雰囲気が残っていておもしろいです。一方、産婦人科の勤務実態にたいする現大臣のコメントが問題となっていることもあったり、事情の兼ね合いが難しいところも発生しそうな予感もします。
また、状況としては、衆院選も近々ありそうです。ぶれの無い行政をお願いするばかりです。
最後にデザイン行政ですが、これは、デザイン政策ハンドブック2009によくまとまっており、たいへん勉強になります。ありがたいです。デザイン政策の必要性が1955年後頃に取りざたされていたというのは、ドラマころの時代と近接しています。
デザインの定義やデザインの分野についても、記述があり、この辺り参考になるのですが、個人的には抜けがあると思います。
まず、エンジニアリングデザインとの関係もあまり出てこなくて、また、だれもそこを触れないのか!というもやもや感があります。だからデザインなのだ、という話になるのですが、なにかと難しい。
つぎに、ネットワーク分野での記述が無いこと。単純な話ではWebデザインはビジュアルデザインになるのだろうかと思うのですが、実際にはそんな風にはできていないです。個別のデザインをプロモートするための方法としてWEBがもはや必須ですが、WEBデザインの業界団体なども現状では存在せず、また、情報通信に関しては、別の部署で行政が司られていると推察されます。デザイン振興では、おそらくもっとも重要になる分野ではないかと個人的には考えます。
そして、たとえば、海上メガロフロート、小型ロケット、組み立て式住居、石油の採掘プラントなどの重工業の構想は、おそらくこの議論の中にはあんまり入ってこないだろうなーと思います。なぜなら、それらの事案にはユーザの感性価値など想定できないから。しかし、実際にはそういうところまでデザインでは考えたりします。
翻って、そもそも、産業育成は民間企業ががんばった結果であって、行政がどうこうできる問題でもない、そして、そういう時代でもない、ということもいえるかもしれません。ドラマは美しい話となりますが、実際にはそれとは別に当事者意識を持って、日々精進しなければと思います。