エレメントとステップを考えるにあたって、形式と内容を振り返る。
形式と内容である、といつも考える訳ですが、実際どういうことか?をちゃんと考えてなかったので、考えてみる。
何かもやもやと考えるからこそ、日々の生活が遅れる訳です。
例えば、何かをおもいついた、伝達せねばとおもい、絵を書いてみる。
でも、えーっと、何考えてるか全くわからねえ、とこうなります。これは内容が先走って、形式が欠けている、ということになります。
では、何らかの形式を与えようとすると、例えば、文字という形式があげられます。
では文字にして表してみよう、とするとこうなります。
えーっと、何か書いてあるらしいけれど、文脈が不明、まだ形式がととのっていないようです。
そこで、見出しとボディとフッターという形式を導入してみる。
すると、ようやく伝達したい内容が構造化されているよう見え、形式が整ってきたように見える。レイアウトも何かのルールがありそうです。
で、やっと内容に目が向く訳ですが、全然たいしたことはない訳です。ただし、同じ位置におなじクラスの内容が書かれていれば、何をどう伝達したいのか、という思考の節約につながるだろうと思います。
つまりは、物事を伝達しようとするならば、他者との間で共有できるなんらかの「形式」にのっとっていなければいかんともしがたい。
それが例えば、言語であったりマナーであったり、身振りであったりする訳です。
もちろん、文化背景によってそれは異なったりするのですが、形式が整う、ということの意味は大きいように考えられます。
一方、内容はどうなのか?というと、形式に合わせる、内容がかわってきたり、そもそもいいたかったこととは別のことにつながるかもしれません。それはそれで、伝達するという目的に対しては合理的である。心情的には、ほんとはこんなことを伝えたいんじゃないのに!というシチュエーションもあるかと思いますが、そこは人間同士のコミュニケーションの「機微」というものでしょうか。
デザインにおいては、形式と内容、その双方がそろうことによって、一つの完成をみると思います。その上で、何を機微として残しておくのか?という部分が、難しい部分。