集う、祝いに

先日、師匠をお祝いするために、先輩後輩が集まる、お祝いの会を開きました。

先生おめでとうございました。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます!これほどの人材を教えてこられたということを改めて実感いたしました。ありがとうございました。

また、来ていただいた皆様、お会いできてたいへんうれしく思いました。ありがとうございます!長時間で間が持つのだろうか?という心配がありましたが、その心配は全然なく、にぎやかに終えることができました。

スタッフ側としてセッティングを担当した皆様、あんまり何もできませんで申し訳なかったですが、盛大にできてよかったですね!

さて、祝宴終了後、2次会では、先輩後輩の皆様の現場のお話をうかがうことができ、貴重な経験でした。

大学でいると、モノづくりのシビアな部分を感じることなく、当然ながら頭でっかちになってしまうので、これではいかん、とじりじりしてきました。

一方で、企業でのやり方ではなく、デザインの発想で新しいモノやサービスを実現するといった研究的な組織があったら、来ていただいた皆様のトークが実現できるのかも、とぼんやりイメージしてしまいました。そのような場があったら、おもしろいなー。


仕様を明らかにする

最初に漠然とつくりたいものがあるとする.

つくろうとするならば,その仕様を明らかにしなければならない,という.

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芸術では,つくろうとするモノがあからさまにわかっている場合ばかりではないだろう,と思う.漠然とした構想のもと,作業を進めて,結果,途中で考え方が変わったりしたら結果も自ずと変わるような気もする.

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一方,かっちり設計された芸術というのももちろん存在する.

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能楽なんかは,型ありきの芸術であろうと思うし,その手の芸術は,緻密さから何かが生まれるような気がしないでも無い.

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などと,思う.


情報の腑

今まで,電子情報はいまいち実体がなくうさんくさいなー,とおもっていたのですが,イーサネットに機器をぶら下げることを考えていて,腑に落ちました.腑に落ちただけで,言語化はできてないけれど,とりあえず書いてみる.

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というのも,フィジカルコンピューティングについてあれこれ考え,コンピュータから”こちらがわ”に情報が実体として出てくるイメージをもつことができたから.

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通常ならば,ディスプレイの画像情報や,スピーカからの音声といった,目を閉じて耳を塞げばシャットアウトできることが,パソコンから提供されているというイメージ.

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機械について専門と嗜好を持っているので,これだけでは,何とも心もとない.金属のひやっとした感覚や,エンジンの振動が伝わってくることもない.

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ところがコンピュータから,物理的に何か力をコントロールできることができるよね,って当たり前のことに気づき,かつ,それはネットワーク越しでも全然OKという技術も垣間みることで.はたと気づきました.

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ネットワークを介してやり取りされる情報が,機械的な出力を持てば,力学エネルギーにあたかも変換できるように見える,ということ.

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単純な話では,ロボットの遠隔操作でもいいのですが,操作するという行為が符号化されて,ネットワークを流れ,そしてアクチュエータを動かすという力学に変わる.

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エネルギー保存の法則には,もう一つ,情報量の保存の法則が乗っかっているのではないかということが想像できる.

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このあたりは,現在の思考と研究とは別に,新しく考えて行きたいこと.