電子決済で初めてのお使いはできるか

駄々をこねる
駄々をこねる

「ビットコインはチグリス川を漂う」を読んだな、と本日のLine payの本日の報道を見て思い出しました。ただ、この本、買った後に原著タイトルはチグリス川関係ないやんと気づきました。ただ、イメージとしての邦題の付け方は素敵。

LINE%20Pay、20%還元のPayPayに対抗せず 「我々が戦っているのは現金、一緒に盛り上げよう」 – Engadget 日本版

さて、微かな記憶を辿りながらどんな内容だったっけと思い出そうとしているのですが、通貨の歴史や電子マネーの取り組み、また、現金を扱うことのコストについて記述されており、まとめると現金をやめて電子マネーやらにしたほうがいいよ!ということかと理解しました。特に、小銭を用意することがめんどくさいよね、という記述が地方の島々を巡った時に染み渡り、合点がいった記憶があります。

そして、以前、Coincheckの騒動でBitcoinの世界は仮想通貨国として認識したらいいんじゃないかとも考えていたのを読み返し、実感としてはなるほどいまだその気持ちは変わっていないなと思ってきます。

今回のLine payの報道や、先日のPaypayの還元キャンペーン、そして、政府主導でポイント還元などを進めることでの電子決済の普及に向けた取り組みは、個人的には歓迎していいのではないかと考えています。なぜなら、現金はめんどくさいよねとは思うから。

とはいえ、個人的にはようやくiPhoneにSuicaを設定したレベルで、到底電子決済を使っていくための準備は整っていません。電子決済を使っていくためのユーザー側の準備としてはデジタルデバイスだったり何らかのカード類だったりするでしょう。また、社会側の準備としては通信インフラやデータ保管、セキュリティといった地味な技術よりの話もあたりまえですが重要となります。

また、ここで高額な決済でもなんらか電子マネーが活躍するかというと、ちょっと今のところそうではなく、その人個人の信用度というか存在というかそういうものが重要になってくる局面では、徳の高さなどの単なる通貨移動ではすまないなにかがあるので、今回の電子決済のお話とはちょっと別のところに置いておく案件と整理しておきます。具体的にはいわゆる債権市場の電子化と債権のリスクのお話で、これは法人であれば納得感がある議論もありますが、個人レベルで見るとちょっと暗澹たる世界観になりそうな気配はあります。

さて、なので、今回の論点は、最終的なタッチポイントとして、モノやサービスと通貨を交換する場をどうするか、ここに群雄が割拠し始めるという構図かと思います。

これは、様々なポイントや電磁マネーの仕組みにも共通するのですが、人民元や日本円、米ドルやビットコインといった通貨とトランザクションを行う仕組み自体はスタンダードができておらず、各民間企業の創意工夫によってトランザクションを行うシステムが提案され、それがお店のPOS端末で対応しつつ、さらにQRコードを読み取ればいいよといったより簡単に見える仕組みだったり、そうじゃなかったりと様々あります。

で、ここまで書いてきて、ふとめんどくさいとおもったのは、結局我々はどの方法で支払いをしたらいいのかという選択肢が多すぎることが問題になるのではなかろうかと。多分一番安くなる方法やお得になる方法を選ぶであろうという経済合理性に準じて果たして導入が進むかというと一筋縄では行かない気がします。

要点は、そのUX(User eXperience、久しぶりにデザインぽい用語をつかったな。。)となろうかと思います。さらに、はUD(Univaersal Design、これもまたデザインぽい用語を。。。)も考慮しないとインフラとしては適用できなくなると考えます。

UXとしては、おそらくはかざしてチャリーン、みたいなことになるんですけれども、先ほども述べた、どの基盤上で自身の取引を実施するのかが個々人にまず問われます。どの手段でどうするのが選択するかで、ひとそれぞれの価値観があり、それに適合する体験構築ができるのか?がおそらくは問われてくるものと思います。現金決済から電子決済への誘引は体験構築を積み重ねて染み込ませていくしかないとは思います。また、そのために利益で誘導するという選択肢があると一方で、カッコよさやスマートさという概念的な価値も実は重要ではないかいと思います。町のスーパーで買い物するのと、バーでお支払いするのでは、同じ金額払うにしても何だか違う心持ちになるもので、双方の体験に合わせた出口=支払い戦略が必要。

UDとしては、例えば目が見えない音が聞こえないの場合や手足がつかえない方にどう体験を提供できるのか考えないといけないと思います。現金というのはそういう意味では合理的にデザインされていて、形や手触りでそれが何であるのか、重さがどうであるのか、音はどうか、イオン化傾向で味が違ったり(あんまりやったことないですが)なんてことがあります。また、誰かに託す、というのも現物を使って比較的やりやすくもできています。現状ではSuicaなんかだと残額表示があったり、音がでたり、感覚フィードバックがあったりしますが、これでいいのかというともっと何かできる余地はふんだんにあろうかと思います。

そういう意味ではカメラで読み取るだけでいいんです!というのはおそらく足りなくて、そうじゃない方向性もあるということになろうかと思います。この試論で具体的なイメージは、初めてのお使いを子どもに頼むとしたら、その電子決済はいけてる?になります。色々とポイントはあろうかと思いますが、特に個人的にポイントになるのは委任じゃないかなぁと思っています。

委任については、個人認証を伴う仕組みの場合、子どもにその権限を一時的に委任できるかどうかの仕組みが想定されます。また、個人認証しないならしないでそれに越したことはないかもしれません。たとえば、メインのお財布は親のスマホだとして、一時的に何かに入金して子供に渡すということができたりすれば委任はスムーズです。今だと、例えばSuicaにチャージはコンビニとかどっかにいかないとでいけないので、家庭内でなにか小口に分ける仕組みがあったり、誰かに送るをスムーズにできると良いように思います。これってどうだろうか、何だか一つのブレークスルーになる気がしてきました。

 

なお、残念ながら子どもはいないので、お小遣い事情にはとんと疎いんですが、とはいえググって見つけてハッとしたのは、やはりお小遣い市場は現金が強い。

https://resemom.jp/article/2017/03/06/36921.html

お小遣いはもはや儀式的な側面であるかもしれませんが、なるほど現金とはそいういう儀式めいた神秘性を備えているのであって、結局経済合理性だけでは人間は動かんのではないかと、政府や大手企業さまがたに申したいという気持ちがたかまっているとともに、チグリス川でオチを作ろうと想像していた脳内イメージはガンジス川だったという愕然とする事実。


仮想通貨国でバカンス

バカンスというか完全に波に飲まれている状況

雪も積もって寒い寒いと嘆いていたところ、ふとエアコンのフィルタを掃除したところ劇的に改善して原因を探るというのは大事だなと思われた次第。

さて、仮想通貨について「盗まれた」という表現で報道がされていて、儲け話は落とし穴があるねと肝に銘じるとともに、じゃダメかというとそうじゃないんじゃないと思っているので考えてみようという試みとなります。ただし、フワッとしか理解していないため、仮想通貨のはなしなのかBitcoinの話なのかはたまた別の事物なのかについては、やっぱりフワッとします。

結論から行くと、なぜか土地の話に行き着きます。

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1/1000の圧縮

本が多くて困る、ということで整理をしたいとおもいつつ、次々と本を買ってきちゃってますます混乱をきたす昨今です。

さて、本は物理的に場所をとるということで、いったいどれくらい目方があるのかとおもいググってみますと、漫画でしょうか、単行本の重さを250gと仮定して計算をしておられます。

100冊で25kgもあるのか、とおもうと、果たして人間は一生のうちに何キロぐらい本をよめるのかというのは気になります。で計算してみます。
http://allabout.co.jp/gm/gc/3687/2/

以前、基礎教養は新書100冊という話をきいたので、単行本より軽い重いがあるとして、やはり25kgぐらい。旅行のスーツケースの重量制限がこのあたりなので、何となくイメージできます。

一週間に1冊本を読むと仮定し、かつすべて新書などとすると、年間約50冊。10年で500冊となます。10年で125kg。そろそろ一人で運ぶのは難しい重量となってきます。

それで、10歳のころから本を読めると仮定し、80歳まで本をよめるとすると、70年、3500冊ほどとなります。

すると、先ほどの過程からは875kgとなります。さらにもろもろの雑誌や本を加えるとすると、およそ1000kg、1t程度を読むかもしれないという計算に。

1tはさすがに持ち上げられないな。。。とおもいますが、水に換算すると1m立方にすぎ、お部屋の隅においておけます。たいしたことがないような、すごいような、微妙な量です。

人間が読める量は新聞やネットの記事などこれを増やしていったとしても、高々10倍程度ではないかなぁと想像できます。いっても100倍。年間で出版される本の数や記事は膨大で、すべてを読み尽くすことは不可能。限られた時間でどの本や情報を選ぶか?悩ましいものです。

一方、人間の脳の重さは1200-1400gだそうです。一生かかって1tの本を読んだとして、それが反映されるさきの目方は1/1000。こう考えると、1冊の本をよんだら1/1000に要約できればいいんではなかろうかという、なんの計算だかいまいちよくわからなくなってきますが、そんな気がしてきます。

本を読んだらその1/1000に要約できるか?という判断基準で本を読んだことにできるかできないかを決めるっていうルールを作れるかもしれない、という結論に個人的には至ったわけですが、新書一冊の文字数は12万から15万とあるので、1/1000で120文字。本を読んでツイートしたら読んだことにして捨てる!なんてできたらかっこうぃいなあと思いつつ、本の内容を1/1000にしてくれる素敵プログラムがきっとこれから登場するんだろうなと想像しつつ積ん読本を眺める年度末です。