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映画「スノーデン」と攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEXと新大統領

3年も!書いてないことが判明しつつ、そもそもインフラ周りが古くもなってきているので、ヤドカリのごとくサーバー引越しを模索しております。

さて、この間、特にどうということはないのですが、IT関連に携わっているとするならば気になっていたのがスノーデンファイル。

オリバーストーン監督の「スノーデン」が今週末より上映予定です。

繁体中国語で、「斯諾登風暴」とかくらしいですね。。。

スノーデンの足跡を辿る!という勝手テーマで香港に行った時にたまたま近所で映画もやっていたのでややネタバレするのかもしれませんが所感を。

映画では、CIAで働くなどしたスノーデン氏が、本来は安全保障や国家保全に当たることを目的とした組織が規定外の情報を収集し、組織の目的とは異なりテロとは関係ないことにその情報をつかったりする実態に疑問を抱き、危険をおかして情報をリークするまでの顛末を、事実に即したかたちで映画化したもの、となります。(間違ってるかもしれない。。。)

この映画で出てくる技術や事象というのは、まさかとおもうようなSFじみたものにも思われます。が、脚色はあるといはいえ、ある程度事実なのだろうなと考えると恐ろしいものです。もはや、インターネットに接続する以上は何かを明け渡す気分でいないとダメだろうなー、という考えにいたります。見応えがあります。

で、そもそもなんでスノーデン氏は危険をおかしてまで事情を暴露したのか、というのは解せない気がしないでもない。何でだろうとハタと筆を止めると思い出されたのがやや古いアニメーションになりますが、攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX。

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このアニメは、サイボーグ化が一般化した近未来、という舞台において、警察に順ずる組織があんな犯罪やこんな陰謀に対して立ち向かう、といった背景のなか、ネタとしては薬害問題(というか丸山ワクチン薬害エイズ問題を下地とした医療問題)と政界疑獄とを絡めて真相を追うサスペンス形式になっています。

この問題を最初にネットにリークしたのが、一人の天才ハッカー、という点がスノーデン氏の事例ににているな、と思われます。(というのは、すでにいろいろなところで言われれているのだろうとおもうのですが、書いているうちにようやく似ている、という気になってきました。)

ここまで考えると、情報は情報として存在しているだけでは、実は影響力を行使し得ないのではないかと考えることができます。スノーデン氏の場合、その時点でインターネットの通信自体はなんらかの方法で傍受されているのだろう、とは思われていたわけで(少なくとも個人的にはそう思っていた)、本当にそうなのかどうかは一般的には分かりようがないのが事実。しかし、メディアに情報の出所を語る張本人がでてきて、本当であると言った瞬間から、彼から語られる情報に信頼性という別の重み付けが加えられるわけで。

アニメの場合はフィクションではあるけれども、情報を公知拡散する方法は情報を語ることを事件化する、というメディア化がキーとなって描かれています。これも、薬害があるよ!といっても、一般的にはそうかもしれないし、そうじゃないかもしれないという価値中立な情報としてそこにあるしかないのだろうなぁとおもいます。というか、スノーデン氏はこのアニメ見てるぞきっと、と考えます。

で、情報の拡散でその情報に光が当たる、というのは良かったね、となるのですが、情報が空疎なままなにやら雰囲気だけが拡大していくのがアメリカ大統領選挙なんじゃなかろうかと藪から棒に思います。トランプ氏の大統領選で記憶に残っているのはメキシコ国境に壁、なのですが、思い返せば恥ずかしながらオバマ氏の選挙戦で記憶に残っているのはyes we canだけ。

ここまで考えてくると、政治に関して素晴らしいこととか、なんだかあんまり聞いたことがなく、政治は本質的にはネガティブな方向にリークされる存在ではなかろうかと思うと思います。故に、スノーデン氏は特異な存在として個人が意を決してというよりは、政治的不均衡や腐敗のある社会構造上においては、条件が揃うと一定確率で生成されうる英雄的パーソナリティなのではなかろうか、などと、これもまたSFネタかと思われるような発想にいたります。

で、結論として思いついた2017年の願いは、オバマ氏とスノーデン氏の超対談。

 

東と南の間のアジア その4 亜細亜核再処理公社

 

light
東南アジアにおける原発計画

さて、以上旅行してきての事だったんですが、両国に共通しているのは、原発はまだ稼働をしていないですが、これから原発保有を検討/計画しています。
マレーシアでは、都市部で発展していますが、地方を含めこれからも電力需要は増えていくものと考えられます。
また、ベトナムについては、停電を体験したように、電力供給は不安定です。さらに、まだまだ発展の余地がある地域だけにやはり電力需要は増えていくでしょう。
おもしろいことに、資料によるとベトナムは中国から電力を幾分輸入しているそうです。日本に住んでいるといまいちピンときませんが、大陸で国境を接している国同士は、当然ながら電力を融通する事が可能といえます。
従来は水力、火力という電源を用いていたけれども、安定的な電源確保という観点から原子力発電所を保有しようとすることもうなづけます。また、エネルギー安全保障の観点からも、電源輸入は一つのオプションとして保持しておくが、供給を絶たれても十分な余剰電力を準備しておくことは重要であろうと考えられます。
しかし、、、これらの計画ですが、放射性廃棄物処理については検討段階であり、研究炉の燃料等は補完しているらしいけれども、本格稼働時の処理については、まだまだ見通しが立っていないような状況に見受けられます。
噂レベルで資料は見つけられないのですが、ベトナムと日本との間で結ばれた日・ベトナム原子力協定において、提供する核燃料を日本に返還する約束になっていると、一部で話題になっていました。これは明文化されておらず、そんなことは無いと思われます。


マレーシアの明かり

当事国の考えてる事
しかしながら、別途調査時のベトナム側のベトナム放射線・原子力安全規制庁での調査で、下記の考え方が示された記述がありました。
「将来、極低レベルおよび低レベルの廃棄物は埋設処分する予定である。使用済燃料の処分は ベトナム国内では難しいため、原則的には返還したい。」
http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2012fy/E001879.pdf
86ページ

うむ、、、という感じですが、持ち込む以上持って帰ってね、という事かと思われます。これは、かつて米国からの提供された研究炉の燃料を米国に返還した例に似ています。つまり技術移転にともなってノウハウや資材を提供するけれども廃棄物の面倒も見るという立て付け。

どの国も原子炉を保有したい、また保有している国があるという状況で、各国が個別にその核廃棄物を処理するのを原則とするのは仕方が無いかとも思われます。

 

国際共同運用という一つのアイディア
ここで、いずれにせよ地球的、また、後世にわたって影響を及ぼす核廃棄物処理に関しては、国際協力によって技術や知識の共有化を計り、当代で最高の安全水準を維持する取り組みが望まれます。
さらに、ですが、一歩進めると、国際間で核廃棄物処理にあたるという事で、廃棄物処理を請け負うという貿易形態も、実は有り得るのは無いかと妄想もできます。亜細亜核再処理公社的なものの設立なんていかが。
すなわち、現在イギリスやフランスに委託している核廃棄物処理、現在六ヶ所村でも進んでいますがバックエンド処理プラント、これを国際共同運用する事によって、廃棄物処理による貿易なんてどうだろうかと考えます。

もちろん、これを実現するためには、民意形成、技術開発、国際協定等必要ですし、そもそも原発を使わないと発生しない問題ではあります。
日本に関して言うと、もう処理しないといけない核廃棄物はたくさんあるので、それは対処しなければいけない。一歩進めて、日本で引き受けますよ、といったら世の中どうなるだろうな?などと想像します。
こういう施設を、領有が問題になっている、竹島であったり、尖閣諸島だったり、人が住んでるのでアレですが広大な土地がある択捉なんかにつくったら、ぐうの音も出ないのではないか思います。

などとぼちぼちと考えてみたのですが、東アジア、東南アジアは遠くはない世界。関心は尽きません。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_noda/vietnam1110/pdfs/6.pdf
http://www.jaif.or.jp/ja/asia/malaysia/malaysia_data.pdf
http://www.tokyo-trade-center.or.jp/TTC/hands_on/deskrep04.pdf
http://www.jetro.go.jp/jfile/report/07000429/vn_energy_report2011.pdf

東と南の間のアジア その3 ベトナムと日本、勝利と敗北

ベトナムは一人旅、とはいえこちらも日本語観光ツアーに混じって観光したりしてたので、存外にスムーズ。しかしながら、街の中は疲れるなぁというのが所感ではありました。

ベトナムの町中

ホーチミンの市内、バイクバイクバイク

1. 戦争証跡博物館、作戦博物館、クチトンネル
戦争にまつわる博物館や観光地にいってきました。ひどい戦争だなぁというのを改めて思います。一方、へんな感覚ですが、ベトナムはひどい目にあったけれど最終的に勝った、という一点において、戦争をして負けた日本とは異なるぞと思いました。

まず、戦争証跡博物館。胎児のホルマリン漬けとかがありまして、衝撃の内容となっております。ベトナム戦争については調べ物をしてはいましたが、残虐な兵器がいくつも使用されたというのが実はそれ以前の戦争と大きく異なる点じゃないかと感じました。
すなわち、イメージする戦争というのは、爆弾や鉄砲という武器を使ってどんぱちというもの。ベトナム戦争ではそれに加え、枯れ葉剤、クラスター爆弾等が用いられたらしいです。
枯れ葉剤については、奇形児が生まれる等、その瞬間だけではなく、後年にわたって人体に悪影響をもたらす事が知られています。先ほどの胎児の遺骸もその影響のあるもの。
また、クラスター爆弾は見た事が無かったんですが、羽のようなモノが生えていて、黄色い色をしていたり。ちょうどお手頃な缶詰のように見えます。アフガニスタンやイラク等で不発弾を子供が触って爆発するという事故が起きている、という事がようやく腑に落ちます。

戦争証跡博物館の爆弾

奥がクラスター爆弾?の展示。黄色で羽

次に作戦博物館はマイナーなのか人があまりいなかったのですが、 先ほどの戦争証跡博物館とは異なり、如何にゲリラ戦を戦ったのか、また、指導部がどのように振る舞ったのかが展示されています。はっと思ったのは、日本で戦争にまつわる遺物などは、基本的には負けた戦争のモノが多く、それを通じて戦争はいけないという反省を促すものではありはしないかと考えました。
一方、勝ったベトナムは如何に勝ったのか?という成功した理由を説明することで、次回の侵略にも耐えるぞという意識を醸成できるのではと考えました。良いのか悪いのかはその国や地域によってことなるでしょうが、負けない方法を考える、備えるという観点は、当たり前と言えば当たり前ですが日本で生活する限りは考えません。

ミサイルと結婚パーティ

ミサイルの展示の横で結婚式だかの準備進む。めでたい場所なのかな

最後にクチトンネル。地下トンネルでゲリラ戦が繰り広げられていた場所を今では観光することができます。トンネルでの生活や武器の製作方法、また、ジャングルでのトラップ等が展示されており、ゲリラ戦の戦い方がわかります。厳しい環境で戦ったのね、ということがよく伝わってきます。が、これも先ほどの例じゃないですが、勝った戦争であるからこのPRがさらに効果がある事が理解できます。
洞窟で思い出されるのは、渡辺謙が出演して話題となりましたが、「硫黄島から着た手紙」という映画。島内に掘られた洞窟で持久してそして最後は負ける、という悲惨な現実が描かれています。沖縄もそうですが、逃げ場の無い洞窟内で自決等という寂しい歴史が日本ではおなじみです。
ベトナムは、厳しい環境でも耐え忍びを耐えて勝ったという歴史があります。だからこそ、これら戦争にまつわる遺物を遺構を整備し公開をしているのだろうと考えます。

クチトンネル内部

クチのトンネル内部、狭い、くらい。。。

欧米の観光客もたくさんこれらの施設にやってきていました。これをみて反省を促す効果もありますし、いろいろな感情も起きるだろうと。これ見た上で、もう一回戦争仕掛ける気はあるの?と問われればそうは思わないだろうと考えます。いわば一種の安全保障としてこれらの観光施設を意図していると私は考えました。
ベトナムの人たちの聡明さと、堅実さ、タフネスを実感した次第です。

2. バイクタクシーのおっちゃん。
かなりしつこく客引きされます。また、それ日本で道ばたで言ったらぶっ飛ばされるぞという言葉をしゃべるおっちゃんもいて非常に残念。で、客引きされても絶対のらねぇよ、というとじゃあいいよと世間ばなし。
そこでおもしろいなぁと思ったのは、日本と中国との関係について。最近は日本と中国が険悪じゃない、とか、日本は強い武器をもっていていいねとか話題にでました。
というのも、中越戦争でベトナムと中国はかつて戦争をしているとともに、離島を中国に占領されている状態にいます。つまり、尖閣諸島問題に近い状態を既にベトナムは経験済みであり、かつ、現在進行形で問題になっているわけです。
西沙諸島
南沙諸島

日本にいても、日本と中国、という2カ国で話をすると息が詰まるのが正直なところです。しかしながら、アジアに目を向けると日本に共感を持つ人もいるんだなと、実際は当たり前な事かもしれませんが気づかされました。
実際に問題を解決しようとするなら、案外周辺諸国と一緒に議論をした方が生産的なアイディアが生まれそうに思います。

バイクタクシーに乗ると

バイクタクシーからは多分こんな感じで街が見えます。

3. マクドナルドは無い、フォーはうまいしニョクマム好きかも。
ちょっとハンバーガーでも、と思ったのですが、マクドナルドは見つけることができませんでした。そのかわり、ロッテリアは大きな交差点の辻に建っていて結構便利で目につきました。ロッテリアは韓国資本なので参入しやすいのかなぁと思われました。
また、ベトナム料理ということでフォーも食べてましたが、これは安定のお味でありがたい限り。また、ベトナムのお醤油のニョクマム。これ、食わず嫌いでしたが、ニョクマムがかかったご飯が出てきて普通にうまい!と思った次第です。

ベトナムのアイスコーヒー

ちなみにベトナムのアイスコーヒーは氷を溶かしながら。この後、私お腹を壊しました。。。

4. 通信
スマフォでの3Gデータ通信はOKでした。詳細はこちらにどうぞ。あと、海外であんまり電話使いたくなかったんですが、リコンファームのために電話。面白いとおもったのは、郵便局で電話ボックスのようなモノがあったので、使い方を聞いたところ、後払いと言われたこと。話し終わったら時間の分だけ精算でした。ということは、絶対盗聴可能やんけ!と思った次第。

ホーチミンの郵便局

郵便局です。左手にTEL BOX。料金は左のカウンターにて支払い。3000ドンぐらいだった。

5. 町並みと経済
町歩きをしてみて思った事。探せばあるんだろうけれど、欧米系ブティックはあまり目にしませんでした。デパートにはそれなりのショップがありましたが、なぜか最上階にボーリング場があって10年以上前の日本のアーケードゲーム機がおいてあるなど、なかなかにカオスな様相。当然ながら消費が無ければ進出する理由がないので、まだまだ豪奢なモノを買うような水準ではないのであることが理解できます。
書店。町歩きで本屋さんで本を眺める、デザイン系の本を探すというのをしばしばやります。が、デザイン系の本が全然見当たらない。ここでのデザインはグラフィックやプロダクトのことですが、意匠に関する情報がまだまだないことを見ると、一般にその需要が喚起されるに至っていない事が理解できます。ちなみに、工学系の本はそれなりにそろっているんですが構造計算の専門書とか。学問的には底力の充実を計っているのかなと考えます。
最後にハプニングとしては、停電に遭遇した事。全市停電とかではなくて、一区画で停電が起きただけですが、お手洗いの電気が付かなくて真っ暗闇で窮しました。みんな備えをしているらしく、停電時には発電機をまわす光景がちらほら。これくらいが当たり前かなと思います。

書店の文具売り場

書店の文具売り場にホーチミンおじさん!の胸像が。

6. 日本人のちらほら
観光客の方たくさんいるので、道を歩けば日本人の方とすれ違います。
で、前述の戦争証跡博物館、戦場カメラマンのコーナーがあるんですが、日本人カメラマンの展示もかなりのスペースがありびっくりしまいた。
またトリガーとなった人、石川文洋さんはご自身のコメントが載るとともに、ベトナム戦争と当時の生活が伺えるような、他の人の写真とはまた異なるテーマ性の写真が多く展示されているようでした。ベトナムにおける石川さんの写真が重視されていることが伺えます。
ちなみに、この建物の外にあるベンチはほとんど日本からの寄贈のモノで、贈り主の名前などが刻まれています。日本の人は、ベトナムへの関心が高いということが理解できます。

沢田教一コーナー

こちらも影響を受けた沢田教一さんコーナー

以上、駆け足で(実際駆け足で巡っただけなのですが)ベトナムにおける所感です。ベトナムと日本との関わり、無いようで有るような、いろいろ感じた次第です。
個人的には、石川文洋さんの本がきっかけのベトナム、そしてベトナム戦争を経て戦後復興と貿易取引としてのおつきあいなど、やっぱり好きだなベトナムという感想です。
ただし、経済的にはまだまだ発展途上である事はぶらぶらしていると感じます。いきなりですがデザインの観点からは考えられるのは、日本のグッドデザイン制度のこと。グッドデザイン賞は、日本が貿易立国として海外へ輸出する際に推薦できるモノであるという印の機能も持っていました。これができるのは、自国内の産業が自前で製品を計画し生産ができることが条件となります。ベトナムはまだ自国内の産業を持ってして輸出できる環境はまだ十分には育っていないのだろうと考えられます。豊かな穀倉地帯を有するベトナムは、第一次産業が貿易の要ではありますが、経済の観点からはいずれ高付加価値品の生産も手がけるようにならざるを得ないでしょう。それは食品加工かもしれませんし、工業生産品かもしれません。輸出政策を展開する際には、グッドデザイン報奨制度は、日本が貢献し、ある意味では輸出できる仕組みかもしれないともやもやと考えます。

もう一つ、いろいろ書きながら思ったこと。個人的にはなぜベトナムに惹かれるのかというと、小さな時には単純な冒険の地としてのジャングルや戦場だったりに意識が向いていましたが、実はアメリカに勝った国という事実が理由の一つとして挙げる事ができるんじゃ無いかと考えています。当時は私は生まれていなかったんですが、ベトナム戦争への道義的な反戦活動が行われていたと読んだことがあります。これは、反戦とは言いますが、代理戦争の観点ではなくベトナム民衆戦争としてアメリカに立ち向かい、そして勝つ事に対して側面から支援をしている事にもなります。
敗戦を経験し、また、戦争放棄を謳い米国の安保条約を結んでいる日本。ベトナム戦争は一義的にはアメリカを支援せざるを得ない。しかし、ベトナムが負ける事は、すなわち、日本の敗戦と重なる光景でもあったでしょう。実際のところ、負けたくはないのが人情というもので、できる事なら太平洋戦争でも勝ちたかったであろう。その時。心情的にはベトナムに勝ってもらって恨みはらしてもらいたいという感情も有りえます。日本人がベトナム戦争に反対すること、そして、ベトナムを支援してきて、これからも支援する気持ちもあるとうのは、実は太平洋戦争での日本の敗戦に対する代償行動なんじゃないかなぁと、今考えています。
これは書きながら思いついたことでもあり、なんというか、書きながら、おおっと感じた次第です。負けないってすごい!

補足:最近ですが、ベトナム戦争をテーマにしたマンガがあります。ディエンビエンフーというタイトル。ファンシーな絵とは全く裏腹な残酷描写がいっぱいではあります。が、ベトナムの戦争とはなんなのか、ベトナム戦争以前1000年前のエピソードも出てきます。これを読むと、ベトナムが負ける分けない、などとやっぱり思います。オススメです!

そういえば読んだ本と思ったら、それなりに読んでいた。感謝合掌。

東と南の間のアジア その2 マレー思案

まずはマレーシアから
マレーシアは知人のN君が赴任しているという事で、すごく快適!な旅行となりました。改めまして感謝感激。
で、その結果としてなのですが、マレーシアで働く日本人や、その暮らしというのをかいま見ました。気づいた事思った事をいくつか。

マレーシアの建物を社内から

マレーシアの建物を社内から

1. 都心は先進
どんな街なんだろうとおもったら、拍子抜け。スタバもZARAもiPhoneも、すべてあります。日本で生活するときに必要だったりイメージするものはほぼ手に入りそうです。それに、ショッピングモールも、ここはヒルズかららぽーとか?と見まごうようなもの。
もちろん、地方に行けばこれらは無いのだろうけれど、欧米の人が欧米の生活スタイルのまま、マレーシアでは暮らす事ができると思います。リタイア後の移住先としてマレーシアに住む人が多いとは聞いていたのですが、全くなっとくです。

マレーシアのユニクロ

もちろんユニクロも。柳井先生!

2. イスラム国だ。
イスラム圏とは知ってはいたのですが、入国時から、やっぱり!と。入国審査ではチャドルで目しかだしてない女性の方とか普通にいて、まずは膝を打ちました。
また、現地では主に自動車で移動をしていたのですが、パーキングエリアのような場所には、決まってモスクというか礼拝所が併設されています。公共施設としての位置づけなので、国家が支援をしていることがこういうところでも理解できます。
イスラム美術の博物館にもいったのですが、自国の文化を象徴する文物として美術品を位置づけているのも、イスラム国家だと理解できました。そして、お酒がお高いのも、イスラムだな、、、と。

空港内のお祈りスペース

空港内でのピクトグラム。お祈りしてますね、あ、でも台湾、、、

3. とはいえ多民族国家
N君によると、マレー系民族と、中華系の民族、華僑系の民族がいるらしく、街をあるいてももちろん、顔つきや皮膚の色、着ているモノなんかも全然ちがいます。それとあわせて、ちょうど統一記念日みたいなのがあったらしく、カーラジオやテレビからは意識統一のスローガンや唄、映像がちらほらみられました。
さらに面白いなとおもったのは、日用品。長距離バスターミナルをぶらぶらする機会があったのですが、キオスク的なお店に、”kedairakyat 1MALAYSIA“のスローガンの入った食品やシャンプーやらが売られていました。きっと旅のおやつやお土産なんかに購入されことを見越して地方に意識を伝達しようとする広報意図をびしびしと感じ、また、マレーシアの国の重要政策の一つがこの民族問題なんだろうと感じた次第です。

malaysiaoneブランド

malaysiaoneブランドでいっぱい

4. 食事 パンミーうまい、そしてカーネルサンダースおじさんすごい
食事はあたりはずれがありましたが、N君おすすめだったのが、パンミー。これはうまい!煮干し的なのがのった麺料理なのですが、その出汁がなんともおいしいです。これ、また食べたいです。
あと、今まで浅はかだったなぁとおもったのは、ケンタッキーフライドチキンの存在。日本にいると
、カーネルサンダースおじさんのところでそんなにみんな食べたいのかなぁ?とおもってました。
つまり、選択肢の一つとしてそれもあるけど、程度のブランドとチェーン店。
でも、世界でみれば。そういう事ではないんですね。宗教上の理由から、豚肉を食べれないイスラム系の人、同様に牛肉を食べれないヒンズー系の人々など、他民族国家でじゃあ一緒に食べれる肉料理はなにか、それが鳥なんですね。
マクドナルドも普通にありますが、宗教を超えてグローバルスタンダードとして歩があるのは実はカーネルのほうだったのか、と膝を打ちました。
ちなみに、そういう意味では、魚介もOKなので日本料理も参入の余地があるんですね、これが。

パンミー

こちらはドライパンミーという麺料理、うまい!

5. 通信は
現地では携帯つかってました。これも快適。詳細はこちらのブログで。

5. LCC
昨今、日本でも話題になってますが、Low cost carrierの一つであるAir asiaを利用して出国しました。ターミナルまでは、クアラルンプール中央駅から黄色い方の高速バスで移動しました。だだっ広いところにカウンターがあるんですが、必要十分。
現地感覚ではわかりませんが、いつでも数千円で隣の国にちょろちょろ移動できるのはたいへん魅力的です。個人的には、このハブ機能を使うためだけにマレーシアに行く事はやぶさかではないぞというのが実感です。

バス乗り場

怪しいバス乗り場

LCCターミナル

どどんと広いLCCターミナル

などと、駆け足でしたがマレーシアをちょっとタッチした印象はこんなもの。都市部とその機能は先進諸国と同様にどんどん便利に快適になっているようでした。その一方、ヤシ畑脇のハイウェイを駆け抜けて郊外への観光やジャングルにも分け入りましたが、それはもう熱帯であり、マレー半島の原型があるのではないかと感じました。

ジャングルと私

一歩足を伸ばすとそこはジャングル


これらジャングルの風景は、おそらく60年前の日本人も見ていたのかと思うと感慨深いです。
その上でおもうのは、当時の人は戦闘のため生命の不安があったり、占領することによって暴挙を行ったりしたのかもわかりません。が、暮らしてみて案外この場所いいかも、と思ったんじゃないかと想像してます。そして生活してみて、現地の人とコミュニケーションをとる事で、新天地を見いだす人もいたのではないか、と感じました。
ほとんど赤道直下でありながら、思いの他、近さを感じる国です。


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東と南の間のアジア その1 イグニッション

Flight

台風まっただ中のフライトでしたよ

マレーシアとベトナムに行ってきましたよと。

とはいえ、帰って来てはや一ヶ月がたってしまいました。なぜマレーシアとベトナムなのか?というと、日本とそれぞれの国の戦争にまつわることでずっと関心があったから。ちょっとでもその土を踏み空気を吸ってみたかったのです。結果的には観光をしてヒャッハーとなってただけなのですがね。

なんで2カ国?
まず、マレーシア。太平洋戦争時に日本軍の真珠湾攻撃と時を同じくして上陸作戦が敢行された事が知られています。要は侵略者としての日本がかつてはそこにあった訳です。その作戦にいわゆる戦闘員だけではなく、諜報員も関わっていたと以前読んだ本に記述がありました。
陸軍中野学校というのが、諜報員教育を行っていた組織なのですが、本を読んだときのイメージが鮮明に思い出されます。
時代がそうさせたとはいえ、日本人でありなが、海を越えてはるばるマレーシアにまでいってどんな風景を見ていたのだろうか、という素朴な疑問がありました。

ベトナムは、「シャッターチャンスはいちどだけ」という石川文洋さんの本を小学生だか中学生だかのときに読んだ衝撃から。
何をどうという詳細は全くわすれてしまったのえですが、日本人としてベトナム戦争に従軍して戦場の写真を撮るというのはなぜなのか、また、ベトナムという地で戦争が行われたのはなんだったのか、ある意味では通学路で飛び交うアキアカネの群れや、テレビで聞こえてくる標準語のドラマとは次元が違う世界が外側にあるぞと揺さぶられたきっかけでした。

この要に、グローバリズムに目覚めてなどというかっこいいものではなく、あくまで日本人の行動と東南アジアの国々との関係に対しての興味というのがありました。で、ようやくかよと。で、さらに昨今のこのblogの記事からわかるように、東南アジア諸国と原発についても考えます。という訳で久しぶりに連日投稿となります。